Espressivo!!

Ommis habet sua dona dies.

--.--.-- / スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
(--:--) / スポンサー広告 / TB(-) / CM(-) /

2005.11.02 / 「愛する」ということ。

今日は、最近買った、晴佐久昌英さんの「星言葉」の中の「愛する」を紹介します。
4789604683.09.LZZZZZZZ.jpg




愛する
人は人を「愛する」ことができるのだろうか。
強く抱きしめて「愛している」ということはできる。愛をこめて物を贈ることもできる。愛しているつもりだからこそ、その人のために懸命に働きもする。しかしそれらが本当に「愛する」ということなのだろうか。
妻を愛していたつもりの夫が、定年後に突然離婚したいといわれて呆然とするというケースが増えている。妻はきっぱりという。
「あなたはわたしを愛しているつもりでも、わたしは愛されていなかった。わたしたちは偽の夫婦だった。これからは本当の人生を歩みたい」
それじゃあ、あの日告げた愛は何だったのか。かつて贈った物は何だったのか、必死で働いてきた年月は何だったのか。そう思う夫には何が何だか分からない。それもそのはず、愛とは個々の美しい行為のことではなく、人と人が本当につながったときにおのずと流れる、エネルギーのようなものだからだ。
愛は、電流に似ている。扇風機はそれ自体では決して動かない。電気コードのプラグをしっかりとコンセントに差し込んだとき、初めて電流が流れ、涼風を送り出す。ステレオしかり、電気毛布しかり。人と人の間に流れる愛も同じこと。きちんと接続すれば愛はおのずと流れ、扇風機のようにさわやかな風を送り、ステレオのように麗しいハーモニーを奏で、電気毛布のように暖かく人を包む。何にせよ、接続していなければどんなに苦労しても愛は流れない。
オレはこんなに愛しているのに、というのは無意味だ。つながっているかいないかが問題なのだから。愛が足りないのでもなく愛し方が悪いのでもなく、接続が悪いんだと気づかない限り、夫には最後まで何が何だか分からない。
コードの抜けた夫婦、断線している親子、ブレーカーの落ちてしまったような家族がいかに多いことか。愛し合う喜びを味わいたいなら、まずはつながらなくっちゃ話にならない。相手の気持ちをよく考え、話をよく聞き合い、ぶつかりながらもどこまでも共にあろうとするとき、すなわち、きちんとつながったときにこそ、超伝導の愛が通い合う。一つの接続は別の接続を生み、そんな愛の結節点はやがて無数のきらめく網の目となって、この星を包んでいく。



…まさにそう。
形から入ろうとしてしまっている自分が嫌だったんだ。
まずはつながらなきゃ。
スポンサーサイト
(23:56) / / TB(0) / CM(0) /
親子3代ショッピングと芝浦祭 / Espressivo!! / スパゲティとコーヒーゼリー

COMMENT

COMMENT POST







 管理者にだけ表示を許可する

TRACKBACK

http://fagota.blog13.fc2.com/tb.php/164-4cb0f3bc
HOME

copyright © 2005 Espressivo!! all rights reserved.
/ / salmk01
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。